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人事担当者は「働くこと」を熟考しているプロか?

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2014年05月19日

プロ野球やプロサッカーの世界で、いまやチームが勝つためには戦略や戦術が重要であることは言うまでもありません。戦略や戦術には知的な刺激もあり、またいろいろとトレンドも起こり、それ自体を論じることに面白みもあります。しかし、その戦略や戦術を実行可能にするものは、あくまで選手一人一人の身体能力と勝利への意識です。もっと根っこをみるならば、一個の選手が持つ内筋の力、動体視力、平衡感覚、勝負勘、人生観といったものが、一投一打、一蹴に乗り移ることによってはじめて、劇的なゲームドラマは生まれるわけです。

「戦略に酔う・戦術に溺れる」などと言いますが、個々の根っこにある力をないがしろにして、はかりごとのみでゲームを戦うなら結果がついこないのは自明です。さらに悪いことには、我々が勝てないのは戦略・戦術に問題があるからだといって、さらに戦術行使のための戦略立案に時間をかける場合もあったりして……

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私が自身のキャリアの中で、人事・人財教育の分野にコースを切り替えたのはおよそ15年前です。それ以前の13年間はマーケティングとコンテンツ制作の分野に携わり、海外に留学もしていました。ですので、人事の世界をある部分、外野からながめることもできます。

私がこの分野で働き始めて以来、さまざまな戦略トレンドや戦術キーワードと遭遇してきました。───研修内製化、コンピテンシー、目標による管理制度(MBO)、リテンション、モチベーション、360度評価、裁量労働制、タレントマネジメント、ダイバーシティ/インクルージョン、グローバル人材、インストラクショナル・デザインなど。

私は大企業の中の人事部門で4年間働き、その後独立したのですが、大企業にいた日々で感じたことは、みな制度の運用に忙しいことです。職能や職務の等級制度と評価・報酬制度との整合性議論。人材要件の洗い出しやらコンピテンシーの設定。目標管理のマニュアルづくりや社内説明会の開催。研修コンテンツの評価や入れ替え、新規設定など。そして、こうした運用の合間にも、人事の世界に入ってくる新しいトレンドやキーワード。それらのセミナーや勉強によく参加したものです。……忙しさの理由をあげればきりがありませんが、おそらくこれをお読みのみなさんも、このように忙しい毎日をお送りのことと思います。

私自身、こうした仕組みづくりやトレンド把握は嫌いではありませんので、それなりに刺激的に仕事をやっていました。しかし、「何か違う」という思いは日々ふくらむ一方でした。それが何なのか。2年目にようやく見えてきました。

それは、仕組みを回すことが業務の目的になっていやしないか。流行(はやり)の戦略ワードを施策に取り込むことでいい仕事をやった気になっていやしないか、という違和感でした。そしてさらには、人事の人間が社内のだれよりも深く考えていなければならない「働くこと」という一大テーマに対し、どれほどの理解と、どれほどの観(人財観、キャリア観、教育観、組織観など)を持ち合わせているのかという疑問でした。もちろん、人事の現場に配属される人たちは総じて優しい人たちですから、さまざまな課題について真面目に議論します。しかし、たいていの議論は、優しい感情論と、学問的に仕入れたトレンドキーワードをめぐる意見交換で、表層的にしのいでいる気がしました。

私たちは現場社員の立場から、経営者に対し、「うちのトップは数字や策を場当たり的に打ち出すけど、ビジョンはどこにあるのかね」などとよく口に出します。でも、それはまさに人事担当者にも当てはまることではないでしょうか。

人事担当者は、人材要件やコンピテンシーを細かに分類して、それ自体を部品的に解説することはできます。が、いったい一個一個の社員に“全人的”にどう育ってほしいのでしょうか? 丸ごとの職業人としてどういう人材像をイメージしているのでしょうか? それを豊かに意志と愛情をもって語れるでしょうか。

───「当社が育てたいのは自律的な人材です」と答える場合は多い。では、その「自律的」とはどういう状態なのでしょう。「自立的」とはどう違うのでしょう……。

私はまさに自律的なマインドを醸成する研修を行っていますが、商談説明のときに、「この研修をやると、自律心が目覚めて会社をやめたいという人間が出てくるかもしれませんよ。それでもいいですか?」と笑いながらおどします。するとたいていは「いや、それは困ります」と返ってくる。組織の要求に合わせて従順に自発的に働く人のことを自律的というのであれば、それは誤りです。従順というのはむしろ他律に近い姿勢です(他律的に自発的に働くということは起こりえることです)。

自律(自立との違いも含め)に関しては今後の記事で詳しく取り上げますが、自律とは字義どおり「自らの律(規範やルール・価値観・理念・信条)」を持って、それによって評価、判断、行動することです。そのために、自律を強めれば強めるほど、組織の考え方と違和感が出てくる可能性は高まります。ですから、自律性の強い社員は従順というより、改革的批判の姿勢に傾きます。そして自らの律は「心の奥の叫び」を呼び起こしますから、激しい態度に出る場合もあります。ですから、組織側にはそうした自律的な人材を受け止める土壌がないと、真に自律に目覚めた人は社外に出て行くことも起こるのです。しかし、ほんとうに自律的な個が集まる自律的な組織は、そうした個と組織の律がガツンとぶつかり合い、侃々諤々の議論を通して、強い施策・強い事業を生み出していくものです。人事担当者は容易に「自律的人材を多く育てたい」と言ってしまいがちですが、同時に、組織全体にそれを生かす文化を醸成する必要があることまで思考を巡らせねばなりません。

さらに言えば、自律した個を生み出し、生かす組織文化とはどんなものでしょう。その前に、私は「組織文化」と書きましたが、「組織風土」と何が違うのでしょう……。そうした根っこの概念をきちんととらえていない状態での論議は、どうとも感情論でふわふわとしたり、大学教授やコンサルタントから受け売りの結論に流れてしまったりするおそれがあります。

また、他律的な働き手は、目標に働かされます。
他方、自律的なプロフェッショナルは、目的に生きようとします。

目標に働かされる働き手は、その先にある報酬ばかりを気にします。
目的に生きる自律的なプロフェッショナルは、目的自体に没頭し、結果的に得た報酬に感謝します。目標はあくまで目的を遂げるための手段・過程にしかすぎません。

さて、いま書いたことは、「目標」と「目的」の違いを腹に落としてとらえていなければ、何を言っているのか理解しづらいと思います。人事の世界では、目標や目的といった言葉でよく施策を練り、議論もします。ですが、どこまでこの2つの概念を理解し、深い思索を会議に持ち込んでいるでしょうか……。

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私はこれから『人事担当者のための「働くこと」基礎概念講座』を連載します。

私がこのシリーズを始める狙いは、人事担当者およびHR関連従事者の方々に対し、「働くこと」に関わる根っこの部分の概念をあらためて見つめなおしていただく材料を提供することです。

「目標と目的の違いは何か」「自立と自律の違いは何か」「人材と人財はどう違うのか」、「動機・働きがいとは何か」「能力とは何か」「観とは何か」「夢・志とは何か」など、基礎的な概念を知識的・学問的にではなく、思索的・意志的にとらえる内容を目指してまいります。

私は、長き仕事人生を歩んでいくうえで最も大事になるのは「観」だと思っています。観とは、個々の内奥に堆積する価値体系の地盤であり、このフィルターを通して世の中をみます。観の醸成が薄弱な人は、ものごとを気分に左右されながら見るだけですが、観の醸成が分厚く堅固な人は、意志のもとにものごとを洞察します。そして能力や志向に、指令や養分を与えます。「強い観」は「強い個」をつくります。そして「強い個」は「強い仕事」をし、「強いキャリア」を拓きます。

観を鍛えるには、ものごとの根本に目線を入れていくことです。このシリーズでは、「働くこと」の根本に着目しながら、みなさんとさまざまなテーマにつき一緒に考えていきたいと思います。そして連載記事が、お一人お一人の「観」醸成に何かのよい刺激となるなら、書き手としてこんなうれしいことはありません。

戦略や戦術を学び、議論することは大事です。しかし、チームスポーツが策だけでは勝てないのと同じように、個々の人事担当者は根っこを考える力が必要です。では次回より、基礎概念をとらえなおすという内筋トレーニングを開始します!

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