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リーダー人材育成 – リーダーがリーダーを育てる現場を作る

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2014年08月19日

マーサー ジャパン株式会社 組織・人事戦略コンサルティング部門    中村 健一郎

「リーダーを育てるのはリーダー(Leader developing leaders)」という言葉がある。一見、当たり前のようであり、何らの示唆も与えない言葉にみえる。しかし、リーダー人材が持つリーダーシップという能力は、人材に蓄積されている明示化が極めて難しい暗黙的な経営資源と捉えてみるとどうであろう。非常に重要な意味を持ってくるはずだ。

戦後の成長期において経験を積んできた人材は、企業を超えた視点で物を考える経験や、複数の事業や機能にまたがる幅広い視野を持つ経験を、企業の所帯が小さく、顧客が非常に身近に感じられた時期に積んできている。実は、日本企業の多くで、そうした人材がすでに退職している。「リーダーを育てるのはリーダー」という言葉がもしも真理だとするならば、仮に10年以上、リーダーがリーダーを育てる仕組みを企業内で推進していなかった場合、企業における”リーダーシップ”という暗黙的な経営資源が損なわれていると考えるべきである。筆者は、改めて以下の3つの基本に立ち返るべきであると考える。(1) 現場・ラインがリーダーを育てる文化を組織全体に浸透させる

成果主義の浸透が企業の体力を弱めたという説がある。筆者は、現場・ラインが、”今そこにある仕事”から最大の成果を挙げるためのマネジメントに拘泥しすぎ、”仕事を通じて”リーダーを育てていくことを怠ったことが一因だと考えている。こうした問題意識は、多くの企業が持っている。

その問題に対する対処として、リーダーシップ育成トレーニングの導入や、積極的なローテーションを行うなどの人事側からの側面的施策導入を行うケースが見受けられる。

しかし、リーダー育成の機会は、”今そこにある仕事”を通じて、”常に行い続ける”ものだという原則に立ち返ることが大切である。

信越化学工業の金川千尋社長が、その著書「社長が戦わなければ会社は変わらない」の中で語っている「一つの仕事を成功させることができる人は、ほかのことをやってもできるのです。一つの仕事を本当にできるようになるには、その分野について専門的な経験や知識を身につけているだけでは足りません。肝心なのは、判断力や執行能力など、どの分野にも共通して必要となる能力を身につけることです。これは、天分と経験によって身につきます。逆に言えば、一つの仕事が本当にできるようになると言うことは、その人がそのような能力を備えていると言うことなのです。」という言葉が示すとおりである。

複合的な施策を通じて、リーダーが、現場の仕事を通じてリーダーを育てる文化を作りあげることがまずは重要である。

(2) 現場・ラインのリーダー育成能力を効果的に補う

現場・ラインに居る現職者に、既にリーダーとして完璧な人材が登用されている会社は、グローバルのほんの一握りの優良企業を除けば皆無である。現場・ラインがリーダーを育てていく文化を作るにあたって、現状のリーダーを育てる力は完全ではないことを前提に手を打つことが望ましい。以下のような方法が有効である。

Ⅰ) 必ず複数の上司が関わる中で、リーダーの見極め・育成テーマを見出す場を作る(足りない力の相互補完)
Ⅱ) その場において、人事スタッフがその判断内容の品質を挙げるための補佐をする(足りない力を直接・間接に補う)
Ⅲ) 重要ポストに至る段階では、外部のアセッサーを活用する(時に、外部の力も活用する)

というものである。

特に、Ⅰ、Ⅱの施策を推進する上では、グローバルの優良企業が採用しているタレント・レビューというプロセスを社内に導入することが効果的である。

(3) 現場・ラインのリーダー人材の多様性を確保する

企業は、経営環境に応じて必要とするリーダーシップスタイルが異なる。攻めと守り、保守と革新といった、必要とされる戦略の違いに対応するためのものである。一人の人間が、全てに対応できる力を持ち、状況に応じて使い分けられるのが理想であるが、そうしたリーダー人材を得ることは至難である。

こうした前提に対して、企業が取るべき対応はリーダー人材の多様化である。リーダーシップスタイルは、各人の個性と経験によって多様な姿を持って顕れる。多様な人材を許容する組織文化を作ることが、その多様性を確保する上で有効な施策となる。

グローバルの優良企業は、ダイバーシティーへの取り組みを積極的に行っている。この施策は、社会環境への適応や社会からの要請への対応という意味で語られることが多いが、グローバル優良企業が推進している目的は、人材の多様性がもたらす豊富なリーダーシップスタイルの確保が、自社の能力を更に高めることに繋がるという点にあると筆者は考えている。多様性の確保・向上の検討において、こうした観点から、経営上の意義を再度見直すことも一考である。

かつて、日産自動車は、カルロス・ゴーンという強烈な個性とリーダーシップを持つ人材によって再生を果たした。その施策の中身と結果を見たとき、その本質は、日産自動車に眠っていたリーダーシップという経営資源を掘り起こし、それを最大限に高める施策を打っていたことにあったと筆者は考えている。自社のリーダー人材育成というテーマを考える際に、「育成」という言葉を、希少な経営資源の発掘・確保という視点から捉え、施策群をレビューしてみていただきたい。きっと、これまでとは違った施策の必要性に気付くはずである。

 

※本記事は2011年11月時点の記事の再掲載となります。

 

マーサー ジャパン株式会社 組織・人事戦略コンサルティング部門     中村 健一郎

国内外企業の組織・人事制度改革プロジェクト、リーダーシップ研修、組織変革プロジェクト、グローバル人材マネジメント構築 プロジェクト、グローバル意識調査プロジェクト、等様々なプロジェクトをリード。
研究組織活性化フォーラムメンバー。執筆文として、「研究開発者の活性化につながる処遇を考える」(労政時報、共著)、「輝く組織の条件」(ダイヤモンド社、共著)、「なぜ今、幕末のような大物が生まれないのか」(プレジデント)がある。
一橋大学 経済学部卒。NTTデータ、アビーム・コンサルティングを経て、2000年から現職。経営行動科学学会会員
趣味: 将棋アマチュア3段(実力2段)、歴史

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